三日月バビロンの新作公演
『アルカディアの夏〜日付のない部屋〜 』の公演から一週間以上が経過したが、その間この舞台について何度も推敲した事を踏まえて総括をしたいと思う。
先ず、この作品は26日の感想に書いた様に従来の作品とは異なったアプローチを取った作品であると思うし、非常にレベルの高い作品であると思う。
作・演出の櫻木バビさんは常に現状では満足せずに、常に更なる高みを目指して作品を作り続けて来た人だと思っているが、今回の作品は出演する役者陣にも非常にレベルの高い演技を要求するものであったと思うし、その役者陣への信頼があったからこそ実現した作品だったのではないかと思う。
そして、役者陣はその期待に見事に応えていたと思う。今回の舞台では、梅原真実さん、かやべせいこさんというベテラン二人の力が大きかったのは確かではあるが、最近の三日月作品では重要な役を担い欠かせない存在になっていると感じていた榎本淳さん、荻須 夜羽さんは出演せず、若手の比率が高い出演陣となっていたのだが、物足りなさを感じさせる事はなく、三日月の出演陣のレベルの高さを感じさせてくれたと思う。
今作は、従来とは異なったアプローチの作品だと書いたが、基本的には前作
『琥珀ノ宴』で確立された手法を更に押し進めたものだと言えると思う。
端的に言うと『琥珀ノ宴』では、過去に起こった事の詳細は語らず、しかし、その過去の出来事に関わった人達の思いを語る事で、観客に過去の出来事にどの様に登場人物達が関わり、そこからどの様な思いを得たのかという事を間接的に理解させるという手法を取っていたのだが、今作では登場人物達はその思いさえも多くは語らないのだ。
その違いを端的に現しているのが、今 夢子さんの演じる役所の違いだと思う。
今 夢子さんは『琥珀ノ宴』では主人公の事が大好きで主人公の事を心配して何かとおせっかいをするという幼なじみを演じていた。今作でも、彼女は主人公の友人で主人公をとても心配しているという事では共通している役を演じていたが、主人公に対する思いを非常に率直にそして多弁に語っていた前作の役所と違い、今作では主人公を心配している事はむしろ隠そうとしていて直接的には表現するシーンはなく、それだけでなく台詞自体も非常に少ない中で、主人公を心配する友人という役を演じるという非常に難しい課題を与えられていたと思う。
前作でもおしゃまで生意気でそれでいて主人公を思いやる優しい幼なじみを非常に好演していて強い印象を残してくれた彼女だが、今作ではその難しい役を見事に演じていて、前作で感じた以上に力のある役者である事を感じさせてくれた。
脚本や演出が巧みであるのは言うまでもない。彼女の演じるニイロは無邪気でいたずら好きの騎士会のリーダーとして登場する。一見するとあまり難しい事は考えていないそうな単純なキャラの様に描かれているが、しばらくすると主人公ルウには内緒で騎士会のメンバーに指図して何かを企んでいる事が明らかになる。しかし、その表現は断片的で直接的な説明も何もない。
その一方で、ルウが霊感がある事でいじめを受けていたユノを心配して、ユノがいじめの相手をニイロと騎士会のメンバーがいたずらで懲らしめてくれるのでいじめられなくなったと話す事で、観客はニイロの人柄や騎士会のやっている事が単純ないたずらではない事を知る事が出来る。
おそらくは、ニイロがしている事は、ルウを心配して彼を守る為にしている事だろうと観客は想像する事が出来る。しかし、その具体的な内容や何故ニイロがそういう行動を取っているのかという事は最後まで明らかにはされない。
ただ、ニイロの行動の動機となった事に違いなと思われる、1年前に起こったある事実がニイロの口から短い台詞で語られるのみだ。
「ここだ。去年この場所でルウは倒れていたんだ。何日も飲まず食わずだったみたいにやつれ果てて倒れてたんだ。」
これ以上、ニイロは自分の思いも、自分の行動も一切語る事はない。しかし、この台詞で、今まで断片的に表現されていた点と点とがひとつの線で繋がって、ニイロがどんな思いでどんな事をしていたのか知る事が出来る。
おそらくニイロはルウが倒れていた訳は知らないだろうし、彼を問いただしもしなかったのだろう。だた、単独行動を好んでいた彼を強引に騎士会に誘い入れ、騎士会のメンバー達と仲良くなる様に仕向け、彼らの協力を得ながら、彼がまた同じ事にならない様注意深く見守っていたのだ。
そんな事は、舞台の上では一言も説明されない。しかし、観客は間違いなくそれを事実として認識出来るだろう。
その脚本の巧みさ、演出の素晴らしさも去ることながら、単に作・演出が優れているだけではこれは実現出来ることではない。役者陣の演技力、そして音響や照明、大道具小道具等スタッフの力があってこそ実現出来た事だと言えるだろう。
今作の脚本から、所謂ト書きの様なものを全て除いて台詞だけを抜き出したものを読んだとして、今作の物語を理解する事は多分困難なのではないかと思う。
それは台詞に頼らない表現。役者の動きや、表情、音響や照明や映写や大道具小道具等、舞台における全ての表現方法を総動員して、台詞で語られない部分を語る事で実現した境地であると言えると思う。
それには今 夢子さんが前述した台詞に、その台詞で語られている内容以上の意味を持たせて語るという演技が要求されていたと思う。その台詞に込められた感情、その台詞を語る時の表情。そこに、ニイロが去年そこでルウが倒れているのを見つけてから今日まで、何を考えてどう行動して来たのか、そして今再びルウが行方不明になってしまったという事にどんな思いを抱いているのか。それらの全てをこの短い台詞に込めて演技する事が出来て、初めて観客が全てを理解する事が出来るのだと思う。
そして、今 夢子さんはその難しい課題を見事を達成出来ていたと思う。
勿論、今 夢子さんだけだけでなく、全ての役者陣が、その総合的な舞台表現の中でそれぞれの役割を与えられ、それを見事に果たしているからこそ、今作のレベルの高い演劇は成立したのだと言えると思う。
ニイロや騎士会のメンバーのルウへの思いを代表する役割だったユノ役の植松みさ希さん、騎士会の性格や役割を想像させる為に必要不可欠な存在だった暁月柊さん、ゆきなさん、この物語を紐解く重要なヒントとなる存在を演じていた由林さん、その全員が直接言葉で語らない難しい演技を要求され、それに応える演技を見せていたと思う。
そして、今回は久々に矢島薫さんが声の出演をしているのも嬉しかった。声だけで凄く短いシーンではあったけど、非常に効果的なシーンだったと思う。
また、今回三日月の舞台に客演として初登場した
幻想芸術集団 Les Miroirsの
朝霞ルイさんも素晴らしかったと思う。朝霞ルイさんが演じていたシーバという役も、どんな事情や思いを抱えているキャラなのか直接的に語られる事はないが、それでもその背景をきちんと理解してその演技に込めなければ、説得力のある役にはならなかったと思うが、非常に説得力があり存在感もある役を演じていたと思う。
このシーバというキャラの抱えているものはほとんど語られないが、それだけでひとつの作品が出来る位の背景があると感じさせられる。出来ればまた別の作品でそれを観てみたいという感じもするが、それは無理かもしれない。
でも、可能であれば今後も三日月の舞台で朝霞ルイさんの演技を観てみたいと思う。
そして主演の木原春菜さんに関してはもう何も言う事はない。もう若手とか成長とかそういう言葉で彼女を語る必要はないと思う。本当に押しも押されもせぬ、三日月バビロンを背負って立つ存在になったと思う。
僕はよく主演俳優について代弁者という言葉を使う。余り良い意味に取らない人もいるかもしれないが、それは違うと思う。演劇には作・演出、主演俳優だけに限らず全てのスタッフ・キャストにそれぞれ役割があり、それぞれがその役割を果たしてこそ舞台が成立するのだという事を、今作で改めて実感させられた。
その中で、作・演出がこの物語に込めた思いを最終的に代弁する役割を与えられているのが主演俳優だと思う。作・演出が主演も兼ねるとう場合もあり、三日月の場合も作・演出の櫻木バビさんが梅原真実名義で主役を演じる事もある。
しかし、作・演出が全ての作品で主演を演じられるとは限らないし、梅原真実さんの場合は役者としても超一流であるが、本来作・演出の才能と役者としての才能は別のものであり、優れた作・演出家が優れた役者であるとは限らない。だからこそ代弁者としての役者の存在は重要なのであり、他人の書いた物語を理解して自分のものにして、まるで自分の物語であるかの様に語れる能力、技術が要求されるのだと思う。
その点において、木原さんは完璧だと思う。木原さんの演技は最早演技と言うよりルウ本人の心の叫びにしか聞こえない様な圧倒的な迫力、説得力のあるものだった。
木原さんの存在があるからこそ、主役を木原さんに任せて梅原さんは別の役を演じる事が出来るし、今回の様なレベルの高い作品に挑む事も出来たのではないかと思う。
最後に、26日の感想にも書いた事だが、この作品で通常のタイムトラベル物と逆パターンで描かれている部分については、凄くセンス・オブ・ワンダーを感じたという事を改めて付け加えておきたい。梅原さん演じる名前を名乗らない登場人物ナビは、三日月の全作品を通じても重要な存在となるキャラクターではないかと感じた。
ナビの存在がこの物語に大きなスケール感を与えていると思う。そして、未来への希望を力強く感じさせてくれたと思う。三日月の作品世界がまた大きくスケールアップしたという印象を強く感じさせられた。
前作『琥珀ノ宴』の時も僕はその高度な作・演出に感嘆したのだが、その次の作品でこんなにも大きくレベルアップした作品を観せて貰える事になるとは夢にも思わなかった。これは本当に驚くべき事だと思う。
そして、この作品からは、この方向性の先にもっと大きな広がりがある事を予感させられる。これまでもそうだった様に、櫻木バビさんは僕の想像を超える更なる高みを目指しているのだろうと思う。
今度はどんな風に驚かせてくれるのか、次回作を楽しみに待ちたいと思う。