function code();のライブ撮影 |
会場は初台ドアーズ。有名なライブハウスだが今回が初めての会場だ。中に入ってみるとなかなか立派な会場で感心する。キャパ自体はライブハウスとしては大きめ位の印象だが、ステージが高く大きくて、ちょっとしたコンサートホールという雰囲気だ。ステージの手前には手すりがあるのだが、手すりとステージまでの間隔も広めで、中に入って撮影出来そうだ。
優朗さんに挨拶しようと関係者席に上がると、ちょうど優朗さんと"THE OCEAN OF EMPTINESS"の作曲者の松岡さんがヘッドホンで何かの音源を確認している所だった。優朗さんは僕に気付くと「ここに来てトラブル発生ですよ。」と笑ったが、その笑顔からはそのトラブルも解決のめどがたった所だったのではないかと感じさせられた。
優朗さんと松岡さんに挨拶し、優朗さんに手すりの内側から撮影するのはOKかどうかと、対バンのkehre.を撮影するのかどうかの確認を取り、手すり内からの撮影はOKで、kehre.も撮影するとの事で、kehre.のメンバーにも紹介して頂き挨拶をしてフロアに戻る。
先ずはkehre.のライブが始まり、最初は手すりの手前から撮り始める。バックにプロジェクター2台を使って映写しながらのライブは、独自の世界観を持った雰囲気のあるものだった。演出上非常に照明は暗く、ヴォーカルにはしっかりスポットが当たっているので大丈夫だが、ギタリストにはわずかに肩辺りにスポットが当たっているだけで、ベーシストに至っては全くスポットが当たっていないという厳しい条件だった。
しかし、それも彼等の世界観を表現する演出なので、何とかこのライブの雰囲気を写真に納める様努力する。スポットの当たっていないベーシストは、AFが機能する限界ギリギリの暗さでなかなかAFが合わず、いっそMFで撮るべきかという考えも頭をよぎったが、暗過ぎてMFをするとしても勘任せになる状況だったので、何とかAFが合うポイントを探すという選択肢を選んだ。
途中から手すりの内側に入り撮影した。人が動き回る充分なスペースもあり、ステージの位置が高い為しゃがんでいれば観客の邪魔にもならないだろう。折角スペースもあるので、普段はショルダーバックに入れているレンズ3本をステージの下に並べて撮影した。レンズ交換の際、レンズをバックから出したり入れたりする手間が省けるので、レンズ交換のタイムラグを短縮出来て非常に有り難い。なかなか、この様に余裕のある撮影の出来るライブハウスはないので、改めて立派なライブハウスだと感心する。
終盤になるとステージ下両サイドにスタッフの人が待機しているのに気付き、ステージ下の白幕を上げる為に待機しているのだと判断し、再び手すりの外へ出て撮影を続けた。
kehre.のライブが終了し、喉が渇いたので飲み物を買いに手すりの近くを離れたのだが、喉を潤して戻ってくると手すりの前はファンの人達で埋まってしまっていた。フロアは観客の数も多く、邪魔にならずに撮影するのも難しそうだし、ライブが始まってからステージに熱中する観客の間に分け入って手すりの内側に入るのも気が引けるので、function code();の撮影は最初から手すりの内側からする事に決めて、ライブが始まる前に手すりの内側に入ってしゃがみ込んでライブ開始を待つ。
ライブが始まると、kehre.のライブ終了後に上げられた白幕に映像が映写されて、ステージが見えないまま"THE OCEAN OF EMPTINESS"の演奏が始まった。白幕の真下から見上げてもどんな映像が映写されているのかよく分からない。
失敗したかなと思いつつ、幕が下りるを待つ。kehre.のライブの時はかなり照明が暗かったが、function code();の場合は、どの程度の明るさか分からないので、とりあえずISO感度をISO800にセットしていたのだが、白幕が落ち2曲目が始まったステージにレンズを向けた瞬間、ファインダー内の液晶表示に1/4000秒というシャッタースピードが表示されて仰天する。それはEOS 10Dの最高速のシャッタースピードだ。おそらくライブ撮影でこのシャッタースピード表示を見たのは初めてだと思う。
何枚かシャッターを切った後、大慌てでISO感度を変更する。EOS 10Dは慣れてくるとカメラを構えたまま手探りでISO感度変更の操作が可能なので、こういう時には非常に助かる。しかし、ISO感度を下げたかと思ったら、今度はいきなり照明が暗くなり、シャッタースピードの表示は1/4秒まで落ちてしまい、今度は慌ててISO感度を上げ直す。
function code();のステージは演出上、かなり照明の明暗の振幅が激しく、それは今まで経験のない激しさだった。結果として露出の差が激しくISO感度を変更しないと対応しきれない。まるで絞りやシャッタースピードを変更する、あるいは露出補正をするといった操作と同じ様な感覚でISO感度を変更しなくてはならない。こんな事は初めてだったので、心臓をバクバクさせながら撮影を続けた。いくらEOS 10Dが他のデジタル一眼レフに比べるとISO感度の変更操作がやりやすいとは言っても、露出補正の操作の様に簡単とはいかない。
理科の動きが速い上に、照明が強い逆光になる場合もあるので、AFの精度にも不安が大きい。その点はこの前スタジオ撮影で使用したEOS-1D MarkIIだったらという考えも頭をよぎるが、EOS-1D MarkIIはEOS 10D程ISO感度変更の操作が簡単ではないので、逆に今回の様な撮影には対応するのが難しい。現状ではライブ撮影に最適なモデルはEOS 10Dだという認識を新たにした。とりあえずAFに対する不安は枚数を多く撮っておくという安全策で対応するしかない。
しかし、照明の条件は厳しかったが、その分照明の演出効果は素晴らしく、またそれに合わせたヴォーカルの理科のパフォーマンスも素晴らしかった。安全策で枚数を多く撮っておくというより、理科の一挙手一投足を逃さずカメラに収めたいという気持ちで、とても安全策で余分にシャッターを押すなどという余裕はない。だが、この条件下では撮影した全てのカットのピントが万全という事はあり得ないのは経験上間違いない。1カットたりとも諦めたくない好パフォーマンスが目の前で展開している事を思うと身を切られる様な思いだった。
考えてもどうにもならないので、とにかく少しでも多くAFが合っている事を祈りながら撮り続けるしかなかった。ステージ上の理科のパフォーマンスは1曲1曲、曲調に合わせて変化しながら、絶え間なく動き続けているので、とにかくそれを追いかけるだけでも精一杯だった。
バンドの他のメンバーの写真も撮りたいのだが、一瞬でも他のメンバーにレンズを向けていると、またパフォーマンスが大きく変化したりして、それを撮り逃した事を後悔する事になる。だからと言って、他のメンバーの写真を全く撮らないという訳にもいかないので、最低限は抑えようと努力したが、その間も理科のパフォーマンスが気になって身を裂かれる様な気持ちで、本当に身体が二つ欲しいという感じだった。
それ位、理科のパフォーマンスは引き出しが多く、バリエーションが豊かだった。普通のシンガーだったら、そんなにパフォーマンスのパターンは多くなく、何曲か撮っていればパターンが一通り出尽くして、既に撮ったアングル、ポーズが目に付く様になって撮影の方も余裕が出てくるものなのだが、今回のライブは最後までそういう余裕が全くなかった。こんなに忙しいライブ撮影は初めてだ。スタートからゴールまで全力疾走で走り切ったという感覚だ。約1時間のライブで撮影したのが約1600カット。間違いなくこれまでの最高記録だ。
曲に合わせた理科のパフォーマンスとそれに合わせた照明による演出も含めて、非常に緻密に計算されたステージだと思った。まるで演劇の様な演出で、理科のパフォーマンスもロックバンドのヴォーカルというよりは、まるで舞台女優の演技のようだと思ったのだが、後から理科は月蝕歌劇団に所属する舞台女優でもある事を知ってなるほどと納得した。
ライブが終了して手すりの内側からフロアに戻り、優朗さんを見つけて「凄いライブでしたね〜」と話しかけると「凄かった。本当に。今回は特別に凄かったよ。」と満面の笑みが返って来た。プロデューサーの優朗さんとしても大満足の出来のライブだった様だ。
優朗さんからオフカットも撮る様に言われたので、しばらく理科に張り付いて友達や馴染みのファンの方達と語らう様子を撮影した後、打ち上げの様子も途中まで撮影した。
途中、松岡さんを見つけて興奮冷めやらぬ感じで、「凄いバンドですね。今後に期待しています。」」と話しかけたのだが、優朗さんとは対照的にややクールな反応で少し拍子抜けする。もっとも、それがいつもの松岡さんらしいところだ。
聞けば既に"THE OCEAN OF EMPTINESS"以外の曲も書いているとの事。早くその曲も聴きたいものだ。function code();の曲はバリエーションに富んだ良い曲ばかりだったが、中でも"THE OCEAN OF EMPTINESS"は傑出していると思う。松岡さんは照れいていたのか嫌がっていたようだったが、こんな良い曲を書いて貰ったら理科が松岡さんを師匠と呼んでいたのも頷ける。
また、松岡さんを口説き落として、ファーストCDの表題曲に起用した優朗さんのプロデューサーとしての手腕もお見事と言う他ない。狙いがズバリと当たったと言えるのではないだろうか。
打ち上げには松岡さんのHINAKO-ARTでのパートナーの日名子さんの姿も見られた。優朗さん、松岡さん、日名子さんは本当に仲が良く、屈託なく語り合うお三方の姿を見ていると、ミュージシャン同士の絆が羨ましく感じる。
その姿をファインダー越しに見ながら、2年程前にとある場所でこの三人が集った時の事を思い出していた。その時優朗さんから「松岡さんは凄い。松岡さんと一緒にバンドをやりたい。」という言葉を聞いて、二人の音楽性が全く違うので驚いたが、本当に実現したら凄い。実現したら是非撮影させて貰いたい。と思ったのだが、それが想像したのとは違った形ではあるが、この様な形で実現して希望通りライブを撮影出来たんだなあと感慨が込み上げて来た。
この凄いライブをどの程度写真に捉えられたのか分からないが、とにかくこの凄いライブを目撃出来、撮影する事が出来て本当に良かったと、幸運を噛み締めながら会場を後にした。